紛争の心理学―融合の炎のワーク


紛争の心理学―融合の炎のワーク (講談社現代新書)

紛争の心理学―融合の炎のワーク (講談社現代新書)


友人に勧められて読みました。 かなり重要な一冊だと思う。 これを読んで、いままで自分の中でバラバラだったいくつかの断片がつながった感じがする。 ジェームズ・レッドフィールドの「聖なるヴィジョン」、David R. Hawkins の「Power vs. Force」、Gerald M. Weinberg や Tom DeMarcoの著作 (「スーパーエンジニアへの道」「Peopleware」など)、John Micklethwait / Adrian Wooldridge の「A Future Perfect」 (社会・経済のグローバリゼーションについての優れた事例研究)、関岡 英之の「拒否できない日本」、これらの本が扱っている実に多様な問題に応用可能な、共通した思考の枠組みが ここに存在しているようにも感じる。 個人の問題、ビジネスの問題から世界の紛争問題まで、さまざまな規模に似た構造が繰り返し現れていることは、たぶん事実。


とくに、この著者が例として挙げている話の中に出てくる数々の人種差別の構図は、今の私には自分のアメリカにおける体験としてじつにリアルに感じられる。 もちろんこのミンデルの思想は安易な Silver Bulletではなくて、実践にはかなり努力とエネルギーが必要。 しかし、明示的な暴力、隠れた暴力 (抑圧や消極性; 社会への参加の意志の喪失など) のサイクルが続くことで失われているものの大きさを考えると、その努力やエネルギーは有効な投資なのではないか、とも思う。


ミンデルが言う「長老」に果たして自分が到達できるかどうかわからない。 けれど、これは自分がこれから出会ういろいろな摩擦、緊張の場面で心に留めておくべき重要な像だと思う。


以下は、要約と関連情報のメモ。


■この本の主題 = ワールドワーク

  • プロセス指向心理学: 心理的、精神的、感情的混乱や運動の過程は、それ自体、知恵を内包しているという前提に立つ。 内面的な過程、外的な出来事は、変化と成長をうながす兆しとして起こってくる。 そのプロセスの全体を尊重し、闘争、絶望、暴力なども含めて受け入れることで、より柔軟で知恵に満ちたものの見方や存在のあり方が生まれてくるとする考え方。 たえず変化していく生命のありようを信頼し、そこから知恵を引き出すことで自己を成長させていくことを目指す。
  • プロセスワーク: プロセス指向心理学の実践。 ユング心理学、物理学、老荘思想を起源とする。
  • ワールドワーク: Arnold Mindell が提唱している、ワークの実践運動。 多様性を尊重し、力の不均衡 (ランク / ダブルシグナル) についての自覚を向上し、トラブルを避けないことで、混乱や衝突により私たちの発見と成長が促される。 結果的に、より柔軟で知恵に満ちたものの見方、存在のあり方を学んでいくことで、長期的に暴力を減らしていくワーク。
  • 原著: "Sitting in the Fire", Arnold Mindell, 1995.


■有効なコミュニケーションのためのいくつかの提言

  • 衝突を避けないこと。
  • 復讐を抑圧しないこと。 復讐は、世界の不均衡を緩和するメカニズムの一つ。
  • 浮かび上がろうとしている「何か」に敏感であること。
  • 表面的な一次シグナルと同時に、その身振り、態度などが発している二次シグナル (しばしばネガティブなシグナル) に自覚的であること。
  • 集団の中でのランク、ダブルシグナル、ゴースト (想定されている ある特定の立場) を注意深く観察し、それに明示的に声を与えていくこと。
  • 炎の渦中に身を置き、しかも動じないよう努力すること。
  • 個人的に見える人間関係の問題、体験は、つねに社会の歴史、政治、経済、犯罪、麻薬、人種差別、性差別などと関連している。 個人的な問題を取り扱うということは、すべての世界の諸問題を同時に取り扱うということでもある。 これらのつながりについて常に意識的であること。


■ランク - 主流 (mainstream) な立場と周縁 (marginal) な立場のあいだの緊張関係

  • 「ランク」 =
    • 文化、コミュニティ、個人の資質や霊的な体験によってもたらされる能力や力、特権。
    • 意識されているもの・意識されていないもの、社会的なもの・個人的なものがある。
    • 例: 白人であること、男性であること、経済的に成功していること、高い教育を受けたこと、結婚していること、年長者であること、などによる特権。
  • 人は育つ社会の中で、幼いころから、容姿、肌の色、健康、人種、宗教、年齢、ジェンダー、職業、教育、経済的な地位などについてのランクの影響を受けて育つ。 人は、意識するとしないとに関わらず、高・低さまざまなランクを人から引継ぎ、または自分の力で手に入れる。
  • 高いランクに属する人は、そのことが他者に否定的に影響しがちであることに気づきにくい。 これにより引き起こされる結果の一例:
  • ビジネスの世界では、トップに立つ人間は、部下がなぜ不平を言うかほとんど理解できない。
  • 教育を受けた人々はしばしば、教育をあまり受けていない人々や、体験の少ない人々を、愚かで未成熟だと思っている。
  • 強い国家は、自らの力が、より小さな、発展途上の国々に与える (ネガティブな) 影響のことを忘れている。
  • とくに高いランクに属する人たちは しばしば自らがもっている特権に無自覚であり、それが特権の無自覚な乱用につながり、周囲に憎悪を生産する。
  • 人は (ランクに関わらず) だれでも他者から抑圧された経験を持つので、自己の中には、犠牲者と抑圧者の両方がつねに存在している。 犠牲者としての感情が、人を (無自覚な) 抑圧者にする。
  • ランクの低い人はランクの高い人に対してしばしば「尊重されていない」「声を聞いてもらえない」と感じている。
  • 無自覚な特権の乱用の結果ひきおこされた抑圧は、しばしば内面化されてしまう。 例: 自己疑念、自己嫌悪、自己についての絶望感は、過去に他者から抑圧されたことが内面化した結果。 そして、これが再び他者に投影されると、他者への疑念、他者への嫌悪、他者についての絶望感となる。


■ダブルシグナル - 口で言っていることと実際の態度との乖離

  • 口先で「私はすべてにオープンである」と言いながら、実際には態度や身振りや (消極的な) 言い訳で、ある種の人々にたいして「あなたは重要ではない」というメッセージを送っていることがある。 このような第二のシグナルに、ランクの高い人たちはしばしば気づかない。 周囲の人たちの怒り、不満は、実はあなたの第一シグナルへの反応ではなく、ダブルシグナルへの反応かもしれない。
  • 自分が発しているダブルシグナルに耳をすませ、自覚的であること。


■著者が例として用いているケース

  • ロサンゼルスの低所得層居住地域、コンプトンでの会議 (「多様性・人種差別・コミュニティ」)
  • ソビエト連邦が崩壊したあとの、ブラスティラバでの会議 (東ヨーロッパの人がロシアの人に向ける怒り)
  • オレゴン州での町での会議、白人の穏やかなキリスト教異性愛者と、その態度に傷ついているレズビアンの白人女性。
  • 1992年のベルファーストでの会議 (アイルランド闘争)
  • 1990年のモスクワでの会議 - 代表者が中央で演技によりコミュニケーション


■ほかに役に立ちそうな用語

  • エッジ = 個人や集団が、浮上しようとしている「何か」を怖れから抑圧するときに起こる、コミュニケーションの行き詰まりのこと。 例: 穏やかであろうとする人が、怒りを抑圧して口にしない。 差別の当事者だと思いたくない人たちが、差別のことをすすんで話題にしない。
  • ホットスポット = 集団における、攻撃、防御、闘い、高揚、無気力、落ち込みなどの瞬間。
  • 長老 (Elder) = Arnold Mindell が提唱している個人の目標とすべき像。


■ (参考) ジェームズ・レッドフィールド「聖なるヴィジョン」の要約
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4047913057/

  • 私たちは日常生活の中で権力闘争をくりかえしている。 これは、自分には十分なエネルギーがないと感じ、そのエネルギーを他者から得ようとすることが動機となっている。
  • 権力闘争にはいくつかのよく見られるパターンがあり、それをコントロールドラマと呼ぶことができる。 犠牲者 (The Poor Me) の関係、 傍観者 (The Aloof) の関係、尋問者 (The Interrogator) の関係、脅迫者 (The Intimidator) の関係。 私たちは被害者であると同時に加害者であることが多い。 私たちは、能動的に人をコントロールしようとするときもあれば、受動的な抵抗や沈黙によって人をコントロールしようとするときもある。
  • 西洋の歴史 (中世 ⇒ 近代 ⇒ 現代) は、同時に 私たちが自分たちの不安を克服しようとする努力の歴史でもある。 とくに1960年代以降、私たちは物質的価値観、精神的価値観の間を行き来し、困難な喪失感や無力感の中にありながら次第に新たな気づきを得て、より良い対人関係、より良い対話・コミュニケーションの方法、を模索している。 今日重要な気づきの多くは、古い東洋の思想の中にも見出すことができる。
  • 共時性 (シンクロニシティ) の中に意味を感じること、自分の中にある直観に耳を傾けること、自分の家族関係に学ぶこと。
  • 注意深く自分と周囲の人たちに接することで、私たちは自分たち一人一人のバースヴィジョンへの気づきを高めていくことができる。 なぜ自分は今、この世に生きているのか。 なぜ自分は、自分の両親を選んで、この時期を選び、この場所を選んで生まれてきたのか。
  • 私たちはいままでの考え方では説明できない内面的な気づきと、大切に送る日常生活を通して、文明の進化を体験し、目撃し、それに参加している (自分たちはその進化をすすめていくことができる主体でもある)。


■ (参考) David R. Hawkins "Power vs. Force" の要約
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/1561709336/
http://www.amazon.com/gp/product/0964326108/

  • さまざまな命題や意見に対する私たちの肉体の反応には、私たちがまだ言語化できていない真実が含まれている。 たとえば、何か重要なこと、良いことに接したとき私たちの身体は自然と元気になる。 逆に何か望ましくないことに接したとき私たちの身体は弱くなる。 この仮説をもとに、無数の被験者のさまざまな言葉や命題についての肉体反応をくわしく調べていくと、私たち自身の気づき、意識について今まで知られていなかった構造が浮かび上がる。 この構造は、 Map of Consciousness と呼ぶことができ、それがこの本の主題。
  • 私たちの意識の中にはさまざまなレイヤがあり、低い振動 (低エネルギーの振動) と高い振動 (高エネルギーの振動) が同時に私たちの意識の中で輻輳している。
  • 仮に、さまざまな振動のレベルを 0 から 1000までの対数スケールであらわすと、 200未満のエネルギーによる人への接し方は "Force" にもとづくものであり、接触の結果、お互いにエネルギーが弱まる。 200以上のエネルギーによる人への接し方は "Power" にもとづくものであり、接触の結果、お互いにエネルギーを高めることができる。
  • エネルギーレベルの低位には、 Shame (20), Guilt (30), Apathy (50), Grief (75), Fear (100), Desire (125), Anger (150), Pride (175) がある。
  • 200以上のエネルギーレベルには、Courage (200), Neutrality (250), Willingness (310), Acceptance (350), Reason (400), Love (500), Joy (540), Peace (600), Enlightenment (700-1000) がある。 これまでの人類の歴史において、700以上の意識レベルを保ち続けた人は、キリスト、仏陀 (ゴータマ・シッダールタ) などごく少数である。
  • これらの様々なエネルギーレベルによる振動は、私たちの日常生活、社会、政治、スポーツ、経済活動 (市場) などのいろいろな場面に見ることができる。 私たちの意識の中で、低い振動が支配的になったとき、私たちは他者とのエネルギーの奪い合いを始める。 私たちの意識の中で、高い振動が支配的になったとき、私たちは直線的・時系列的な制約にもとづく思考から解放され、この世界で起こっていることをホログラムのような共時的・同時的な空間として体験し、自分とは一見まったく違う他者の中に自分自身を感じ始める。
  • 例: 通りで一人の年老いた男性のホームレス (bum) を見かけたとしよう。 あなたはどう感じるだろうか。 (松内注: この部分の描写には重要な真実が含まれているように感じるので抜粋引用)
    • "At a level of 20, the level of Shame, the bum is dirty, disgusting, disgraceful."
    • (中略) "At 200 (Courage) we might be motivated to wonder if there is a local homeless shelter; all he needs is a job and a place to live."
    • "At 250 (Neutrality) the bum looks okay, maybe even interesting. "Live and let live," we might say; after all, he's not hurting anyone."
    • "At 400 (Reason) he is a symptom of the current economic and social malaise, or perhaps a good subject for in-depth psychological study."
    • "At the higher levels, the old man begins to look not only interesting, but friendly, then lovable. Perhaps we would then be able to see that he was, in fact, one who had transcended social limits and gone free, a joyful old guy with the wisdom of age in his face and the serenity that comes from indifference to material things."
    • "At 600 (Peace) he is revealed as one's own self in a temporary expression."
    • "When approached, the bum's response to these different levels of consciousness would vary with them. With some he would feel secure, with others, frightened and dejected. Some would make him angry, others delighted. Some he would therefore avoid, others greet with pleasure. (Thus is it said that we meet what we mirror.)"
    • ⇒ 私たちが自分の外側に見ているもの・感じているものは自分の内側にあるものの鏡像である。
  • 過去何世紀ものあいだ、人類全体の意識レベルは 190 前後だった。 しかし、1980年代中盤、これが突然204になったことを実験結果は示している。 これは、私たちにとって希望を意味するのだろうか。


(以上)